ムラのある街を飛び出して

関西で生まれ育った私が,東京暮らしを始める話。観劇記録が多めです。

ポルノグラフィティへの感謝状

9/7・9/8と、ポルノグラフィティの「20th Anniversary Special LIVE NIPPONロマンスポルノ'19~神vs神~」に行ってきました。(長いのを書きますが、20年分の想いが詰まっているので許してください…)

最初にポルノを知ったのは、メジャーデビューのタイミング、アポロがリリースされた時で、そこから姉とともにどハマりしました。

翌年には、姉が学祭のチケットを取ってくれたのですが、「小学生がライブなんて!」と猛反対されて断念。ただ、後でもらった半券は、今でも大切な宝物です。

私は中学受験組だったので、本格的な受験勉強が始まってからは、娯楽が全て禁止になりました。
当時買い続けていた「なかよし」も、受験終了後に買い溜めていた1年分を渡されるくらいに徹底してたのですが、塾からの帰り道だけは、車で好きな曲を聴いてもいいと言われていたので、ポルノのアルバムをカセットに入れて、繰り返し流してました。

サボテンの2番がカセットの折り返し地点で、ワンフレーズだけ歌詞を知らないまま過ごしていたのが、今となってはいい思い出。

そして中学生になり、念願の初ライブ「6th LIVE CIRCUIT "74ers"」。

74ers LIVE IN OSAKA-JO HALL 2003 [DVD]

74ers LIVE IN OSAKA-JO HALL 2003 [DVD]

この頃になると、親もライブに行くことを許してくれました。というより、毎日車の中で同じ曲ばかり聞かされていたものだから、外で思う存分楽しんできてもらった方がいいわ…となったのかもしれません😅

大阪城ホールのアリーナで、しかもむちゃくちゃ前の方で。テレビの向こう側にいたはずの人たちが本当に目の前にいて、私は「アキヒトー!」「ハルイチー!」「シラタマァ!」と全力で叫び続けました。

いままで見ることができていなかった分、しっかり目に焼き付けておこう。そう思って、必死に3人を追うことができたのは、あれが生まれて初めてのライブだったから。
そのおかげで、私は全力で74ersを楽しむことができたので、本当に良かったなぁと思います。

翌年、ベースのTamaさんが脱退を表明。私にとって、あの74ersが、3人体制のポルノグラフィティを見た最初で最後のライブになりました。

とても悲しかったですし、ずっと3人を追いかけていたので、これからポルノはどうなるんだろう? と考えたのですが、全く想像ができなくて。

このまま解散もあり得るんじゃないのか? という不安な気持ちを抱えたまま参加した「5th Anniversary Special Live "PURPLE'S"」。

曲が始まった途端、その考えは吹き飛びました。
そこには新しいポルノがいて、2人で必死に闘っていて、パフォーマンスの全てが「それでもわしらについてきてほしい」と語っているように感じました。

変わってしまったけど、変わってなかった。頑張っていく場所が分かれただけで、白玉さんも昭仁さんも晴一さんも、いままでと同じ。大好きになったあの時のままだと、ライブを通して初めて実感できた気がします。

そこからは、新生ポルノグラフィティに、ずいぶんといろんな所へ連れていってもらいました。

夢人島のBEGIN・GLAYミスチル福山雅治・サザンとポルノなんて最強の布陣、きっともう見ることはできない。

思い出もたくさんあります。淡路のロマポルで、昭仁さんの投げたタオルをキャッチした(!)のに、後ろの男性に引ったくられて、目の前で彼女さんにプレゼントされたこともありました。

あれはほんとに悔しかったなー! 周りの人たちの『子ども相手にかわいそう、大人気ない…』って視線に、2人だけが気づいていなくて、それはちょっと面白かった😂 でもあの一瞬だけは、昭仁さんの想いを受け止められた気がして、本当に嬉しかったです。

そして、きっと一生忘れないのが、昨年の「しまなみロマンスポルノ'18~Deep Breath~」。

20周年キックオフライブで、もともと初日のチケットを購入していたのですが、ライブ前に西日本豪雨が発生。ポルノグラフィティの地元、広島が甚大な被害を受け、ロマポルの収益全額が災害復興の支援金として寄付されることになりました。
私もいっぱいグッズを買って貢献しよう! その時は、それぐらいしか考えていませんでした。まさかその後、私の実家も大変なことになるなんて、考えてもみなかったので。

平成30年9月4日。台風第21号が関西を直撃して、実家も被害を受けました。瓦屋根は吹き飛び、ブロック塀が崩れ、電話線が落ち、おまけに向かいのガレージから飛んできたシャッターが、うちに突き刺さっていました。

有給をとって、しまなみの数日前に帰省したのですが、とにかく屋根を塞がなければ次の大雨に耐えられないということで、家族総出で屋根に登り、必死にビニールシートを張りました。帰省中のもう一つの楽しみだった「エリザベート展」には、行く余裕なんてありませんでした。

突貫工事を終え、後ろ髪を引かれる思いで広島へ。ライブ会場の周辺は、土砂崩れの跡がそのまま残っていて、豪雨の影響を嫌というほど感じさせられました。

カラオケ大会は目の前で列が打ち切られてしまったし、ほしいグッズも買えなくて、雨がずっと降っていたけれども! ライブが楽しみで楽しみで仕方なかった!

座席は会場のちょうど真ん中あたり。セトリは珍しく規則的に、シングル曲を順番に遡る形だったので、「ああ、次はこの曲か」と気持ちに余裕を持って楽しんでいたはずなのに、昭仁さんの一言で涙腺が崩壊しました。

「雨に負けるな!!」

曲の合間に何度も叫ばれていたこの言葉は、純粋に大雨の中でライブ参戦してる人に向けての発言だったとは思いますが、そこにはきっと、西日本豪雨で意気消沈している地元の方々に向けてのメッセージも含まれているはずで、台風の被害をモロに受けていた私にとっては、すごく重い言葉でした。

そして、目の前に積み重ねられていくビールケース。ステージを降りて、こちらへ歩いてくるお2人。

会場のど真ん中に作られた簡易なお立ち台の上で、「城天風でうとぅてみたいと思います」と始まったパフォーマンス。マイクが拾う前の、生声のアゲハ蝶を聞きながら、ぼろっぼろ泣いてました。

思い返せば、ずっとポルノに背中を押してもらっていました。ライブの最後に言ってもらえる、胸張っていけ、自信持っていけという言葉に何度救われたか分からないぐらい、いつも支えられていて。応援しにいったはずが、なぜか最後はこっちが励まされているんです。

いつももらってばかりだから、なにかを返したい。そんな折に開催が決まったポルノ展。
会場には、ポルノの2人へメッセージを送ることのできる「デジタル寄せ書き」のコーナーがありました。とはいえ、書き込める画面はとても小さかったので、長い文章は送れません。

『大好きです、長生きしてね』『生まれ変わったら結婚して下さい!』

そんな愛の溢れるメッセージの中に、私が書き込んだのは、20年間ずっと追い続けていたことと、「ありがとうこざいます」というシンプルな気持ちでした。

素敵な曲をたくさん作ってくれてありがとう。ずっと頑張り続けてくれて、ありがとう。私の世界を広げてくれてありがとう。

そんな気持ちを込めて。

たくさんのメッセージの中、その言葉がお2人に届いていたかは分かりませんが、ロマポル神のスクリーンに映し出された時は嬉しかったです。

2日間のロマポルは一瞬でした。
どれだけ神っていたかは、評論家や芸能界の方々のコメントを見れば一目瞭然だと思うので、あえて書きません。

ただ、ポルノを大好きなスタッフと、新旧のサポメンの方々と、ポルノグラフィティのお父さんである本間さんと、たくさんのファンが一体になって盛り上がった最高のライブだったと思ってます。

これからのポルノグラフィティがどういった活動をされていくのかは分かりませんが、私はお2人からたくさんもらった「胸を張っていけ」という言葉をお返したいです。今まで支えてもらっていた分、今度はお2人の背中を押していきたい。

そんなことを思いながらツイッターをのぞいたら、白玉さんがライブにきていたことを知り、朝から泣いちゃいましたよね。しかもメッセージが20周年おめでとう、じゃなく、ありがとう。グッときました。

以上、20年分の感謝の気持ちと、これからも応援し続けます! という決意表明でした。
おわり。

姉がポルノ大好きラバッパーだったので、遠い会場でも、カウントダウンにも、私を引っ張っていってくれました。姉にもたくさんのありがとうを…